妻が肺癌になる

平成24年、妻が肺癌になりました。

前年23年の夏前、会社の検診で異常が見つかり、桐生市の厚生病院で精密検査を受ける様に指示が出ました。その精密検査の結果、CTで少し影が見られるとあり、掛かり付け医で再診を受けました。ガンにしてはおかしな影であり、子供の頃にお腹を打った時の炎症の後だろう、という事で落ち着いてしまいました。後に、CTの専門医はガンについて詳しくない事が分かり、残念に感じました。

孫が出来た事や、実家の問題などに追われて、それ以上にクレーマーとして桐生市で有名だったお婆さん西○さんと関わってしまった事などの、多くの問題に忙殺されて、他の病院で検査を受けるようにとの忠告も無視されてしまいました。

平成24年春に、再び会社の検診で引っかかり、また厚生病院でCTを撮りました。またしても炎症の後では、という事で落ち着いてしまうところでしたが、娘が去年の検診結果と比べて、明らかに大きく成ってると指摘しました。そして検査結果をメールで、友人の医師に送りました。即来た返事が、直ちに癌検査をするようにとの事でした。

掛かり付け医で、ガンの心配があるので、再度検査を受けたいと申し出たところ、すぐに群馬大学付属病院に紹介状を書いて頂きました。

詳細は後として、原発性肺癌四期で、両肺に転移、肝臓転移、副腎浮腫、骨転移、脳転移が見つかりました。いわゆる末期状況で、余命半年とのことでした。本人にはこの事は告げていません。

全く自覚症状が無いままに即入院になり、治療を開始しました。本人はさておき、家族で治療を望みました。治療が上手くいけば余命は2年が、統計上の生存率という事でした。治療開始まで、細胞レベルまでの検査をしてからなので、長く待たされましたが、全脳照射と抗がん剤点滴治療に決まりました。

何となく書く積もりのブログでしたが、途中でカアさんの肺癌に関しての事が多くなってきました。残念ながら、平成25年4月20日、59歳で私達の元から離れてしまいました。

治療の経過や、肺癌患者の家族の苦悩など、参考に成ればと思います。多くの出来事があり、メモで残っていても、記録として書いていません。少しずつ思い出しては、こちらのブログに書いていこうと思う。