恕衛門です

恕衛門です。・・・嘘です。

 

平安時代後期、源義国、後の足利義国公との縁により、一族郎党を引き連れて足利の地まで来たそうです。この時の逸話には、占いによって決断したとか、お上からの命に依ったとか、いかにも嘘っぱい話も聞いた事があります。事実は不明です。いずれにしろ、古神道と書の家で、この頃に分家して来たそうです。

現足利市の北西に土地を賜り、以来約900年間同じ土地で暮らしています。此所に来てから二代目かその後かを忘れましたが、「ジョーエモン」とか何とかという名前を頂いて、大いに喜んだそうです。ところが、それを聞いた初代さんが、我が家は武士の家系ではないと嘆いたそうです。その時の話しが面白くて、「恕衛門?」という名前が忘れられなくて、HPを作る時にハンドルネームを恕衛門としました。

義国公のお墓は、足利の鑁阿寺(ばんなじ)の裏にあります。子供の頃は普通に石の墓があり、その前に行って手を合わせたものです。いまは朱色の建物が建ち、残念ながら墓前まで行けなくなってしまいました。

 

死産に近い状況で生まれ、何とか息を吹き返したものの、周囲からは10歳までは無理だろうといわれ、かなり甘やかされて育ってしまいました。祖父からは様々な事を教えられ、その基礎に古神道の考え方を教えられてきました。

独特な育てられ方をされてしまったせいか、余り世渡りが上手くなく、この歳まで来てしまいました。多くの事を考えながらも行動に繋がらず、少しひねた性格になってしまいました。で、思いのままに書く事で、自分を誤魔化していこうと思っています。