時間が薬

カアさんが4月20日に亡くなり、5ヶ月が過ぎた。「時が薬」と、随分前に教えられた事があった。その意味が次第に分かってきた。この歳になって、理解できるようになった。

介護の時の姿を思い出し、実家の義父母や義母姉妹を怨み憎しみ、介護の時以上にストレス性の呼吸困難や不整脈・頭痛・不眠が続いた。落ち付き始めた頃になり、カアさんが恋しくなってきた。人を本気で好きになった事など無かったように思えたが、失って初めてカアさんを恋しく思えてきた。

大きなショックもあった。老後の為にと蓄えてきた定期が、全て解約されていた。使い道は、実家と義母姉妹の為にここ数年で使ったのだろう。5年くらい前に義母とその姉に認知症が分かってから、旅行・外食・温泉・ドライブ・病院通いなど、使い方が派手になっていた。半月前に、生保の契約確認が来た時に年金保険が解約され、全てガン特約になっていた。老後の医療に重きを置いた保険も、治療よりも死亡保障を高額に換えてあった。

大勢の占い師や霊能者という人達との付き合いがあり、自分の夫が今年には死亡と言われていたのかも知れない。来年の春までに死亡すれば、高額の保険金が手に入れる事が出来た。逆に自分がガンで死んでしまったが、自分自身には保険がなかった。

二度と逢えなくなってから、会って聞きたい事が、問い糾したい事が幾つも出てきた。

愛おしさと、恨み憎しみ、怒りと悲しみ、幾重にも様々な感情が重なり、波のように押し寄せては消え、感情の昂ぶりと虚無感が繰り返した。強い心因性の不整脈まで出てきて、何よりも立てなく成るほどの呼吸の苦しさも出てきた。人のアドバイスなど、何の役にも立たなかった。

5ヶ月が過ぎ、もうじき半年になろうとするこの頃、ようやくカアさんの顔を思い出さなくなる時間が増えた。ほんの一瞬でも消える事の無かったカアさんの事が、数日前から忘れるようになってきた。思い出せば涙も出るが、全く別の事を考えるようになってきた。わずかな期間であった5ヶ月余りが、随分と長く感じられた。

時間が薬。恨み、悲しみ、怒り、全てを忘れるなとは言わないが、それに囚われていてはいけない。いつまでも抜け出せないと、より先には進めない。恨み怒り苦しみ悲しみ、それを押さえることなく、泣きたければ大いに泣け。大いに泣けば、時間と共に新しい自分が生まれてくる。そんな、昔に教えられた事が、何となく分かるように成ってきた。

 

祖父や曾祖父、曾祖父の母親、高曾祖父、幕末期から明治に掛けて、そして明治期を、如何に欺されようが、盗まれようが、人を怨むよりもまとめる事に腐心してきた。その結果として、曾祖父に恩義有るという人達から、二度に亘り窮地も救われてきた。玄孫を、来孫を助けようなどとは考えても居なかったろう。その曾祖父達を助けたのが「時の薬」だったそうだ。

まだ何をして良いのかも分からない。どう行動したら良いのかも分からない。自分の残り時間を考えてしまう事もある。残りを考えるよりも、すべき事を、為すべき事に気付く事が大事であり、動かない事も大事と言っていた。カアさんの事を、時々忘れてしまうのも、少しずつ歩き始めた証拠なのかも知れない。

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