半日で帰る

最近、会社が暇になってる。ほぼ半日もすると、ほとんど終わってしまう。前工程の部署は、何となく1日仕事はあるようだが、それ程忙しくしてるようでもないし、いつもよりも人が少ないようだ。

今日は少し風邪気味でもあり、半日で帰ってきた。午後から勉強を始めたいと思っていたのに、結局は何も出来なかった。半日、ずっとTVの前で横になって過ごした。こんな状態では、仕事を辞めたら何もせずに毎日を過ごし、少しずつぼけてしまうのだろう。何となく怖いような気もする。

郵便受けに固定資産税の通知が届いていた。溶接をしてた工場は、相変わらずかつての会社名義の儘になってる。そういえば、足利銀行に抵当権の抹消を頼んであるのに、もう3ヶ月以上も経つのに何の返事も来ない。数十年も前のことなので、本社に問い合わせなければ分からないと言ってたが、本社にも記録は残っていないのかな。それさえも連絡が来ない。桐信も同様に、出資金の名義書換について、登記簿まで調べてきたのに、同様に3カ月経っても何の連絡も来ない。大きな取引が無いと、どうやら無視をされるようだ。

老人の終の棲家

義父の入院状態を見舞って、老人の最後の姿を見せつけられたようだった。

今朝まで怒りと憎しみと、様々な不安で眠れなかった。家族や親族から見捨てられ、子供達からも見放された終の棲家は、やはり病院なのかも知れない。その病院も、誰も訪ねて来なければ、ただの放置状態に成る。一定の期間が過ぎれば、次の施設に移るだけ。病気に成っても、規定通りの治療を行い、痛みや苦しみなどは関係ない。全て規定通りに進めるだけ。

家族の見舞いや親戚の見舞いが多いと、それなりに大事にされるようだ。その姿を見てきただけに、今後の義父の入院生活は想像出来る。当然、義母とその姉妹も同じだろう。

カアさんが自分の家庭を捨ててまで守ってきた老人達が、カアさんが一番怖がるような恐ろしい状況になっていく。カアさんの意志を継げば、守らなければならないが、それだけは絶対に出来ない。防ぎ方や、誰に頼めば良いのかも分かるが、それも出来ない。

あの鬼畜婆達の終の棲家は、鬼の栖家がふさわしい。

娘に自分も最後も、やがてこう成るのかと話した。そしたら怒られてしまった。二人の子供達はそれぞれに、一人に成ってしまった親の老後を気遣ったくれていた。嫁ぎ先の義母も、近くに来るように、あるいは離れを作るようにと言ってるそうだ。ありがたいことだが、それは望まない。ただ、カアさんにはこのような子供達を産んでくれた事に感謝したい。

義父の入院

義父が認知症で入院した。夏にベッドから落ちて大腿部骨折で入院。90歳を超えた高齢の為に手術も出来ず、長期入院で認知症が進んだらしい。4月の葬儀の前に来た時には、歩けなくても頭はハッキリしていたのに、認知症の進度は入院すると早くなるらしい。療養型の施設に移ったが、食事もせずに点滴に成ったという。見舞いに行ったが、全くこちらを認識できず、車椅子の上で時々大きな声を出してるばかり。着替えなどはキチンと置かれていたが、ほとんど使用せずに施設のモノを使用してるようだ。ベットも汚れが目立っていた。見舞いなども来てないようだ。

法子が亡くなり、あの年寄りどもの生活はガラリと変わってしまったようだ。法子が出来ない所を、全てフォローしてきたが、今は一切の援助も手助けもしない。長い間、当たり前のように我が家を利用してきたお礼は、これからタップリと苦しむことで償ってもらいたい。あいつらのお陰で法子が死んだのだから、その報いは受けさせたい。やっと「ジュ」の効果が出て来のだろうか。みな病気に成っても痴呆に成っても、いつまでも長生きして欲しい。

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山崎豊子・・・逝く

作家の山崎豊子さん、9月29日に心不全で亡くなった。

代表作に、『白い巨塔』『不毛地帯』『沈まぬ太陽』など多数有る。社会派と言われる小説で、フィクションとも思える内容だった。戦中から現代までの、社会の大きな動きの、その陰の巨人達を描いていた。多くの作家が居るが、この人のように巨悪に向かう強い意志と、巨悪とは言えないような時代を動かす巨人に対する苦悩を描く温かい目と、後に続く作家を望むが。

司馬遼太郎を始め、今の日本を作ってきた巨人を鋭く描きながらも、人間的な苦悩も描いた、そういう作家が山崎豊子を最後に消えてしまうようで残念に思う。社会派と言われる小説の中では、自分としてはサスペンスを通して描いた松本清張が好きで、小学校の高学年の頃から夢中になっていたものだが。

活字離れと言うよりも、ヨーロッパでも興味を引くような作家が出て来てない事を見れば、社会が変な成熟をすると、こういう作家は出てこないのだろうか。

日韓の友好は不可能か

『日本人が知っておくべき「慰安婦」の真実』を読み、日韓の友好は永遠に不可能に思えてきた。韓国も中国も好きな国だっただけに、永遠に無理とわかり、残念で成らない。

中国の民主化運動、第一次天安門事件(1976.4.5:四五天安門事件)が起きた。次いで韓国の光州民主化運動(1980.5.18~27)が起き、軍事政権が8月に成立し、全斗煥氏が大統領になった。その後いわゆる天安門事件(1989.6.4:六四天安門事件)が起きた。この天安門事件の頃、わずかだったが、国費留学でも親が共産党員でない学生の、中国人留学生に援助していた。あの当時は反日教育もなく、極めて友好的だった。韓国で光州民主化運動が起きなければ、もしかしたら韓国でのSUS溶接や継手製造の為に韓国に行っていたかも知れない。

日中・日韓での問題が起きる度に、かつての自分の夢と希望の国だっただけに、残念で仕方ない。中国の現状は、天安門事件以後、国内をまとめる為に反日教育を行ってきた、その影響が大きいと感じる。それでも中国人は頭が良い、体制に従いながら、意志の表現をしようとする。

今回、『日本人が知っておくべき「慰安婦」の真実』を読み、韓国と日本は相容れないと感じた。原因は日本人による反日にあるようだ。

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時間が薬

カアさんが4月20日に亡くなり、5ヶ月が過ぎた。「時が薬」と、随分前に教えられた事があった。その意味が次第に分かってきた。この歳になって、理解できるようになった。

介護の時の姿を思い出し、実家の義父母や義母姉妹を怨み憎しみ、介護の時以上にストレス性の呼吸困難や不整脈・頭痛・不眠が続いた。落ち付き始めた頃になり、カアさんが恋しくなってきた。人を本気で好きになった事など無かったように思えたが、失って初めてカアさんを恋しく思えてきた。

大きなショックもあった。老後の為にと蓄えてきた定期が、全て解約されていた。使い道は、実家と義母姉妹の為にここ数年で使ったのだろう。5年くらい前に義母とその姉に認知症が分かってから、旅行・外食・温泉・ドライブ・病院通いなど、使い方が派手になっていた。半月前に、生保の契約確認が来た時に年金保険が解約され、全てガン特約になっていた。老後の医療に重きを置いた保険も、治療よりも死亡保障を高額に換えてあった。

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明日はお彼岸

明日はお彼岸。今日は日曜日とあって、妹や親戚、娘夫婦も来るという。

まだカアさんが亡くなって半年も経っていない。随分と長く感じられた。そして、人は死ぬと、様々な事が出てくる物だと感じた。常に死を意識して、身辺を綺麗にしなければと思う。とくに男は嘘が下手で、何でも妻には話してしまうが、女は以外とおしゃべりな割には、人を欺し利用する物だと知った。悪気が無くても、自分の大事な人を守る為には、どの様な事でもできると知った。その大事な人が、夫である自分ではなかったと知り、結構ショックだった。

カアさんの最も偉かった点は、父親思いの子供達を残してくれた事かも知れない。特に娘は、自分達の近くに越してくるように進めてくれてる。娘には娘の生活があり、夫や子供と友に、姑との平和な暮らしがある。そこに入り込むつもりは全く無い。

下仁田・南牧・上野・藤岡、近いとは言っても決して狭い範囲ではない。神流川上流辺りは自然が豊かで良いし、南牧村は尊敬する廣瀬社長の出身地でもある。下仁田も暮らしやすい土地のように感じる。全体としてノンビリと、オットリとした土地と人達のように感じられる。それだけ豊かなモノがあるのだろう。

花輪・下仁田・草津、そして生まれ故郷の小俣。歳を取ったら、いつかは移住し、終の棲家として暮らしたいと思っていた。しかし、いざ歳を取ってみると、長く住んだ所がもっとも良い。今のこの土地が住みやすいと思うように成ってきた。

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今日も無駄な一日

今日も無駄な一日を過ごしてしまった。

注文してたDM100がローソンに届いたが、認証キーのメールが届かずに、自宅に戻ってサポセンに電話した。やっと受け取れたが、肝心なBluetoothが使えずに、テキストを送ることもできなかった。今まで試したが、結局ペアリングができずに半日を無駄に過ごした。

先週の木曜日くらいから、急に調子が悪くなってきた。半年位でこういう状況になったと聞いたことがある。何もする気になれず、出かける気にもならないという。体調の、どこが悪いということではなく、他人から見ればただの怠慢と思えるのかもしれない。

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行動が起こせない

先週、「オフィースクリーニング講座」の終了式の後、合同面接会が行われた。その席で、自分の望む企業との面接を行い、その時には募集の無かった所の責任者に連絡をして頂いた。3日には電話が来ると言う事だったが、結局来なかった。

自ら連絡をする気にも成れない。懸命に何かをしなければとは思うが、その何かがハッキリしないし、行動が起こせない。このままでは、少しずつ自分が壊れていきそうだ。メチャクチャに行動したいと思いながら、全く体が動かない。

直ぐにでも出来ると思う、鉄工関係の設備補修や溶接を進めてくれる人も居たが、過去の仕事には全く興味も無い。家の為だけに働いてきた仕事に、もう全く戻ろうという気持ちはない。このまま少しずつ衰えて、呼吸が止まるのも良いかもしれない。

子供の為・・・、その子供も既に巣立っている。妻の為・・・、既に居ない。両親もなく、弟妹もそれぞれ満足すべき家庭を築いた。自分には何も希望とすべき人は居ない。そう考えてしまい、やりたい事は幾らでも有るのに、共に喜び合える人が居ない、それは先の無い、希望の失われた未来だけでしかない。

まだ法子が逝って半年にも満たない。別れてからの時間が、まだまだ短いのかも知れない。様々な事が思い起こさせられ、行動が起こせない。

感情のコントロールが・・・

昨日から、自分自身の感情のコントロールが上手く出来ないように感じる。何となく狭い空間に、猫のキータンと一緒に閉じ込められてしまったようだ。

幾ら時間が経っても、どうしてもカアさんの入院中の姿が忘れられない。生きる目的も、全てが消えてしまい、少しずつキータンと一緒に、その存在が無くなっていくようだ。

時間と共に、あの年寄り達の顔さえ忘れかけていたのに、昨日からワガママな薄笑いのボケ面が浮かんでくる。三人とも長く生きて欲しいと、強く望む。長く生きて、家族親戚からも見放されて、死ぬに死ねない痛みと苦しみとを、永遠に味わえと願う。

やっとこれからという二人の時間を、あの連中は永遠に奪った。最も陰に隠れておとなしく、生活保護を受けながら姉の遺産をため込んでいる、あいつだけは許せない。来る時が来たら、動く事も出来なくなってから、足利市の福祉課に行こう。姉の財産だけではなく、他人の税金までも食い物にしてる、汚い生き方は許さない。

何でもカアさんに頼り、毎日利用してきたあの義母と義母の姉は、頼る者の居ない苦しみを永遠に味わえと願う。ボケが始まり、いよいよ誰も近付かなくなった。体が痛み、食べたい物も出されなくなり、やがて動けなくなり節々の痛みが始まる。まだまだ長生きをして、誰の記憶からも消え去られて、それでも苦しみの中で生き続けろ。あいつらの妹は金に汚い。安くて待遇の悪い施設しか入れないだろう。大勢の人達を利用し、自由勝手気ままに生きてきた、その総決算として、どの様な最後を迎えるのか、楽しみだ。